含蓄

implication

和んだというか感謝した話。

中1の時、親の転勤でいきなりアメリカの学校に通う事になってしまった。
中1で田舎の中学でやってた英語なんで「Hello,this is pen」のレベル。
ひたすら「This is ○○」のレベル。
コミュ力はある方だと思っていたが完全にお手上げ。日本人なんて学校で自分一人。

ESLという英語が第一言語じゃない生徒の為のクラスへ入れられたんだけど、
クラスのほとんどはヒスパニック。先生も授業中はほとんどスパニッシュ。
アウェー感はんぱない。ここでも友達作りに失敗。

ほかの授業も、周りは発言をどんどんして、グループワークをするっていうのに、
ただ黙って小さくなってノートをとり続ける自分。ぼっちパネェ
元々が友達が多かっただけに、孤独に耐えられずに学校で腹痛を起こすこともしばしば。

そんな自分を見つけてくれたのは、サンタクロースだった。
 
 
 
酔っ払ったサンタクロースを想像してくれたら良い。
赤ら顔で顔中が真っ白な髭の先生。
流石にサンタクロースほど髭は長くないんだけど、ビジュアル的にはそんな感じ。
太った大きな赤ら顔のおじいさんで、いつも笑ってて、いつもジョークを言う先生だった。

学校の隅で一人で弁当を食べてたある昼休み、
サンタクロースがいきなりやってきて、「コニチワ」と挨拶してくれた。

びっくりしてると、

「コニチワ、ワタシは○○デス。アメリカ人デス。どうぞヨロシク」

と拙い日本語で挨拶してくれた。
ただびっくりした。

人気者のサンタクロースは、自分には遠くて眩しい先生だったのに、
今、目の前でたどたどしく挨拶してくれた。

私も、ぼっちの寂しさで色々切羽詰ってたんだろう、驚く先生放置でぶわあああと涙流して号泣。

おどおどするサンタクロースは、私の頭を撫でたり、抱き締めたり、擦ったり、あわあわと動揺。
なんとか思い出した英語で「Thank you, Im so glad」と繰り返してた。


664 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2010/01/29(金) 10:48:24 ID:fGWhDPWF
それから、お昼休みはサンタクロースのオフィスに行くのが習慣になった。
(オフィスは個人部屋。職員室がない)

オフィスでサンタクロースは、よくホットチョコレートを出してくれた。
そして言語力が必要になる歴史にさっぱりついていけていなかった自分に補習もしてくれた。
ちょくちょく「ダイトウリョ」「ミンシュシュギ」とか日本語を挟んでくれる優しさが、また嬉しかった。
多分、事前に私が詰まりそうな単語を調べていてくれたんだと思う。
歴史以外の教科でも、いつでも快く助けてくれた。

そして授業中のジョークに日本のことを色々取り入れてくれるようになった。

サンタ「NYはしょっちゅうキングコングに攻撃されてるけれど、
    しょっちゅうUMAに攻撃されてる国があるんだよー。どこか分かる?」

生徒「は?えーっと、・・・・やっぱりNY?」

サンタ「ちがうよ、JAPANだよ、TOKYOだよ!ゴジラだよ!」

って具合に。

丁寧にゴジラの写真までプリントアウトしてきてくれたり、
授業中に歴史DVDをみる時、ゴジラのPVをみせてくれたり。

そうやって日本のことを色々と話題提供してくれたお陰で、
クラスのみんなが私に親しみを覚えてくれて、仲間に入れてくれるようになった。

サンタ「Helloは日本語でコニチワだよ、じゃ、○○(私)に言ってみよう、せーのっ」

生徒「コニチワー!」

とか。
だからみんなが私をみつけると「コニチワ(・∀・)」って声を掛けてくれるようになった。

だんだん、歴史のクラスに受け入れられていくのが分かった。
そしてそのクラスメイトからの紹介でどんどん友達ができるようになった。
そして一緒にランチを過ごす友達が沢山できて、やがてサンタクロースのオフィスから
足の遠のいていった私を、サンタクロースは「ヨカッタネェ、ヨカッタネェ」って喜んでくれた。


665 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2010/01/29(金) 10:50:04 ID:fGWhDPWF
そして卒業セレモニーで、“一番頑張った生徒”に選ばれて表彰される事になって、
全シニアと保護者の前で短いスピーチをする事になった。

そんな所だったんだけど、スピーチではもちろんサンタクロースの事を話した。

自分がどれだけ不安だったか。どれだけさみしかったか。
どれだけ嬉しかったか。どれだけ救われたか。どれだけ感謝しているか。

サンタクロースには感謝してもしきれないし、
受け入れてくれていったクラスメイトも大好きだということをスピーチした。

サンタクロースと歴史クラスの仲間達が泣いてた。自分も泣いてた。
アメリカの卒業式は沈黙で厳かで涙で・・・ってのじゃなくて、
歓声あげて、バルーン持込で「WE LOVE MY ○○」とか
いっぱいプレート持ってくるような派手なのに、自分のスピーチですすり泣く人が出て、
自分も写真撮られているのにずるずる汚い顔で涙や鼻水たらしながらスピーチした。

スピーチが終わると、サンタクロースが駆け寄ってきて、抱き締めてくれた。
サンタクロースにも一言どうぞって事で、サンタクロースが私の話をしてくれた。


最初、いきなり自分のクラスに英語の話せない生徒が入ってきてどうしよかと思ったとか。
どうやって授業をしていけばいいのか不安だったこと。
本当は中国人かと思ってたこと。一人ぼっちの私をとても心配していたこと。仲良くなりたかったこと。
友達ができていくのをみる事ができて、本当に嬉しかったこと。


私は、サンタクロースの、あの大きな腕や胸や抱き締められたときに
胸にぶつかってくるようなお腹の大きさと暖かさを絶対に忘れないと思った。
そして彼がいたから、今はアメリカの大学にも進学できた。本当に感謝している。
感謝なんて二文字じゃ伝えられないくらい感謝している。

サンタクロースは何も言わなかったけれど、ネットで日本のことを色々調べてくれた事も、
心配してくれていたことも、一人の生徒としてとても愛してくれたことも、
私に素晴らしい青春をくれたことも、全部全部忘れない。

今でも、サンタクロースは、私のカミサマです。

長文しつれいしました。

— 

育児板拾い読み@2ch - そんな自分を見つけてくれたのは、サンタクロースだった (via openarms) (via uessai-text) (via chiisanaehon) (via kyohei28) (via yasai014) (via ozon) (via x-117) (via kondot) (via mugen8764) (via ukar) (via irregular-expression) (via aso) (via yuco) (via ginzuna) (via pedalfar) (via vmconverter)

アメリカに住み始めてからしばらく、泣くような毎日を過ごしていたのを思い出した…。帰国子女のほとんどは、コレを、涙なくして読めないハズ…。

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とあるネイティブアメリカンの老人が、小さな事業を始めるためにお金が必要だということで、銀行にお金を借りにいきました。

老人 『事業を始めたいんだ。すまんが、お金を少し貸してくれんかね』

銀行員『事業ですか。で、いったいどのくらいご入用ですか?』

老人 『$1000ほど貸してくれんかな?』

 銀行員は所定の用紙に、いつものように書き始めました。

銀行員『$1000ですね。おじいさん、それで担保になるものはお持ちですか?』

老人 『ん?担保とはなんだね?』

銀行員『担保は貸すお金の代わりになるだけの価値があるものの事ですよ。家や車はお持ちですか』

老人 『家はテントだからな。車は馬が引いとるやつがあるぞ』

 銀行員はため息をついて頭を振りました。

銀行員『じゃあ、家畜はどうです。馬なんかは飼っていませんか』

老人 『おお、いるとも。ちょうど全部歯が抜けた馬が一頭いるよ』

 などなど、いろいろすったもんだのあげく、老人はなんとか$1000を借りる事ができました。

 数ヶ月後、老人が銀行に現れます。その財布には大量の紙幣が入っていました。

老人 『おお、久しぶりじゃな。どれ、借りたものを返しにきたぞ』

 老人は金利分とそれから$1000を返しました。しっかりとお金を受け取った銀行員は、老人に尋ねました。

銀行員『おじいさん、余ったお金はどうするんですか?』

老人 『そうだな。家に帰って壷の中にでも入れておくよ』

銀行員『どうですか?うちの銀行に預金されるというのは』

老人 『預金?預金とはなんだね?』

銀行員『私どもの銀行にお金の管理を任せていただくという事です。お金を使いたい時にはいつでも引き出せますから』

 ネイティブアメリカンの老人は、カウンターに身を乗り出すようにして銀行員に尋ねた。

老人 『それであんたのとこにはどんな担保があるのかね?』

— 

@nifty:為末大公式サイト「侍ハードラー」 - とあるインディアンの話 (via deltam) (via deepspeed) (via infinity-d) (via uessai-text) (via oharico) (via iyoupapa) (via nynyanynya) (via erewwa) (via nuremochi) (via rulebook) (via sayamst) (via ibi)

これは金融業の本質を突いている

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元気ですか、ありがとう、許して下さい。 2009.2.6

人間は自分よりもっと下の底辺を生きている人間を知ることで救われ、

頑張る勇気が出るものでございます。


中学三年のとき両親が離婚しました。原因は私でした。

夫婦ゲンカをしているオヤジの胸元に、私が台所から包丁を持ち出して向けました。

が刺してやろう、などという度胸があってのことではありませんでした。


毎晩のように繰りひろげられている夫婦ゲンカを、

いいかげん止めにしてもらいたいと思ってとったガキのパフォーマンスでした。

が思わぬ展開となりました。


さっきまでオヤジに殴られてうずくまっていたオフクロが突然立ち上がり

「父ちゃんになにするんだ」とオヤジの前に両手を拡げて立ちふさがったのです。

そして、ウムを言わさす私の手から素早く包丁を奪い取りました。


オヤジは何も云わず茫然として立ちつくしていました。


翌日、オヤジの姿が家から消えました。そして

家に帰へってこなくなりました。


一年後オヤジとオフクロは離婚しました。


そして9年後、オヤジは死にました。癌でした。

オヤジが死ぬ十日前、病院に見舞いに行きました。


目を閉じてガリガリにやせ、ベットの上に横たわっているオヤジの姿がありました。

介護の人に起こされ目を開きました。私の顔をジッと見ていました。

目から涙が一筋流れ出ました。そして涙がずーっと止まることなく流れ続けました。


人間は信じられないほどの量の涙を流すとこを、その時初めて知りました。


その夜、実家に帰へってオフクロに「オヤジはもうすぐ死ぬ」ことを告げました。

オフクロは表情を変えずに黙って聞いていました。


深夜、目を覚ますと、横の布団で背をこちらに見せて寝ているオフクロの肩が

震えているのが見えました。低く鳴咽する声が聞こえていました・・・。

『オフクロはオヤジを愛していた・・・』

自分の犯した罪の深さを悟り、慄然としました。


16年前会社を倒産させました。50億の借金を背負いました。

死のう、とは思いませんでした。50億ぐらいもう一度挑戦する機会があればなんとかなる、

とタカをくくっていました。

それまで年商100億円の会社を経営していた、という自信が私のやる気の源泉でした。


しかし現実は厳しいものでした。


昨日まで「監督が命です。一生ついて行きます」

といっていた誰れ彼れが全員いなくなりました。

日一日と追いこまれて行き、4、5年も経つと、

再起どころか日々の暮らしにも困窮し身動きが取れなくなりました。


忘れられないことがあります。


息子が幼稚園に通っていました。

朝、妻と一緒に幼稚園に息子を送っていこうとマンションの扉を開けたら、

そこに大家が突然現われました。


「幼稚園に行かせる金があるなら家賃を払え」と怒鳴りました。

家賃を4ヶ月滞納していました。


妻はその場に土下座をして「スミマセン、スミマセン」と謝りました。

泣いていました。

おびえて妻の背中に覆いかぶさった息子の指先が小きざみに震えていました。


私は・・・ただ黙っているだけのクズでした。


金融業者から住んでいたマンションの他の100戸余りのマンションの玄関の扉に

「村西、金返せ」

の張り紙を張られたことがあります。


各室を訪ねて謝りながら、紙をはがして歩きました。ある部屋の住人から

「アンタ、日本から出ていきなよ」と言われました。


また当時、週刊誌やマスコミで「借金王」と随分揶揄され、たたかれました。

街や電車の中で私と気ずいた人から、何度もさげすみの目を向けられました。


歩いていたら「借金、借金」と声がします。

振り返ると、そこに数人の高校生がいました。高校生まで私のことを知っている、

複雑な気持ちでした。


ある朝テレビを点けたら梨本が「ムラニシ金返せ」とカメラ目線でワめいています。

何事かと見ると傍に卑弥呼の姿がありました。

卑弥呼はうつむいています。

「ムラニシ、お前にギャラを貰っていない為に、

この娘はポケットに五円の金しか無いんだぞ」梨本の罵詈雑言が続いています。

卑弥呼にはそれまでの一年間に、一億円のギャラを支払っていました。


他の専属女優の5倍に相当する金額でした。

卑弥呼にはえこひいきしていました。その結果の、梨本とのテレビ共演でした。


その日から「借金王」の冠の前に「卑劣な」の文字が付きました。

黒木香が自殺未遂をしました。倒産騒動のさ中、心配して迎えに来た両親とともに、

忽然と私の前から姿を消してから一年半後の出来事でした。

「卑劣な借金王」の前に「女性を自殺に追い込んだ」の形容詞がプラスされました。


この16年間にいろいろなことがありました。

暗く電気を消して眠れなくなりました。

暗い闇の中で自分と向き合うとパニックになり、錯乱してしまうのです。


借金地獄の日々で心に癒えない傷ができました。

16年たったいまでも、電気をつけて室を明るくしてテレビをつけたままの状態

でなければ眠れない夜が続いています。


こんな人生を生きてきた私に、否こんな人生を生きてきたからでしょう、


倒産してどう生きていったらいいか分からなくなった、

と相談に来られる元中小企業の経営者の方がおります。

そんな方にはまず「過去に人に金を貸したことがありますか」と聞きます。


もし10万円でも人に金を貸して返してもらえなかった経験があれば

「借金が苦しい」とは死んでも言えないセリフであることを知っている筈だからです。

「借金が苦しくて死にたい」は借りた人間ではなく貸した人間の言い草なのでございます。


次に「あなたさまが倒産された元中小企業の経営者

であることを何人の人が知っていますか」と聞きます。


破産しようと、雑踏にまぎれてしまえば、あなたさまはただの人「借金、借金」などと、

あなたさまに向かって言う高校生など一人もいないでしょう、

と私の例を引いてお話しをします。


場所さえ変れば、一からいつだって出直せる立場であることをご理解いただくのです。

続いて、ご自身のスペルマの出る瞬間と、奥方がそのペニスをむしゃぶっている姿を

何人の人間にご覧いただいたことがあるか、を聞きます。


私は妻を相手のSEXを、日本全国数百万人の皆様にご開帳の末、の倒産でございます。


あなたさまは前科はおありですか? 私は前科七犯です。

あなたさまの借金は? 私は50億です。

あなたさまの年齢は? 私は60歳です。

今日も今日とて、パンツを脱ぎ脱がせる姿をご披露しながら生きております。


そんなお話をしているうちに、ほとんどの皆さまは、

みるみるうちに精気を取り戻し元気になられます。

「お通夜」の席に参列した人達の顔が、不思議にイキイキとしている、

そんな光景に共通している心持ちを持たれるようです。


私の「狙い」が通じます。

「人の不幸は蜜の味」でいいのだと思います。


こんなヒドイ人生を生きている人間がいる、を知っていただくことで

元気を取り戻していただければ本望でございます。


「どんな苦しみにも耐えられる、過ぎ去ってしまえば、すべて思い出になるから」

好きな言葉でございます。


オフクロが4年前に亡くなりました。葬式の席で親戚のオバさんが話してくれました。

「あんたのお父さんは、息子を親殺しにするわけにはいかないから、

って家を出たんだよ。あんたは知らないだろうけど、あんたの姿を見たいから、

って毎月一回は私の家に来て、窓からあんたをコッソリ見てたよ」

40年ぶりに知る「オヤジの眼差し」でございます。


私がオヤジに包丁を向けたときの自分と同じ年の息子を持つ身となって、

オヤジの「愛情」とは、「どんなことであったか」を知るようになりました。


毎朝仏壇に向かって手を合わせることが日課になっています。

仏壇には、オヤジとオフクロと一歳の私が写っている、

60年前の三人一緒の写真が飾ってあります。


「元気ですか」線香とロウソクに火を灯しながら写真に向かって話しかけます。

死んでいるのに「元気ですか」なんておかしいのに・・・。

「元気ですか」の言葉が一番ふさわしい言葉に思えて、毎朝「元気ですか」を続けています。


「元気ですか、ありがとう、許して下さい。」


人間、いまどんなに辛くても明日に希望があれば頑張れる、と云います。

私は困難に遭遇するとき、「父母への大恩」を心の甦らせ、立ち向かうことにしています。

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【竹原慎二のボコボコ相談室】

<今月の悩めるサラリーマン02>
ヒルズ族とかに腹が立つ。
文具メーカー勤務:Kさん(53歳)
私は勤続30年、仕事一筋で生きてきました。
しかし、ヒルズ族と呼ばれている人たちをはじめ、
最近の金持ちはラクをして私が到底手に入れることのできない大金を稼いでいます。
私のように一生懸命働いてきたものが報われず、株などのギャンブルで簡単に稼ぐ者がいい思いをしているこの世の中に、腹が立っています。
竹原さんもこんな世の中おかしいとおもいませんか?
————————————————————————————————


【竹原の答え】

別におかしかねーだろ!

世の中にはな、使う側と使われる側の人間がいるんだよ。
あんたは30年も使われる側として安泰な身分でのうのうと生きてきただけ。
なに寝ぼけたこと言ってんだ?
あんたも住宅ローンとか車のローンとかは、組んだことあるかもしれん。
でも、仕事をするために銀行から金を借り入れるなんて事してねーだろ? 
働けば、必ずお金がもらえる有り難い生活を営んできたはずだ。
ローリスクで生きてこられてよかったじゃねーか。

使う側の人間、大金をつかむ側の人たちはリスクを負ってんの。冒険せにゃあかんのよ。
俺もな、そんなに大袈裟なもんじゃねーけど商売やってるから分かる。
店ひとつ出すんだって脳味噌から汗をダラダラ流して考えるさ。怖くて尻込みすんだよ。
何千万~何億円もの投資を何年で回収するかって。
いや本当に回収できるのかどうかの保証もねーんだから。
未来の事なんて誰にも分からない。イチかバチかだ。
その賭けに勝った人だけが相応のリターンを得る。あたりまえじゃねーか。
何がおかしいんだよ? 賭けに負けた人たちは大勢自殺してんだぞ。
命を張って勝負した結果なんだよ。そこんとこ分かってんのかコラ。
上っ面だけ見てんじゃねーよ。
チャンスは、全ての人間に平等にあるはずだ。
あとは考えるか、そして行動に移すかどうかだけ。
な~んも冒険せずに平々凡々と生きてきて、陰でグチャグチャ言うなや、ボケ。

— スカッとするコピペ その2:ハムスター速報 2ろぐ (via oosawatechnica)
2009-04-11 (via gkojay) (via mittyoi) (via maharada) (via appbank) (via vitaminsu) (via fujityan) (via bait)

若い人は個性的であるべきだ、などと言われることが多いようですが、それはそう信じさせておいたほうが世の中にとって都合がいいからであって、実際に仕事を始めれば個性なんて誰も重視してないことを痛感させられます。映画という仕事も同じです。個性、いわゆる作家性などと言われるものは、きちんと一本の映画を作った、その先に存在するものであって、結果的として作品に表出するものなのです。

僕もそうでしたが、若い頃はさまざまな事柄、とりわけ自分自身に対して幻想を抱きがちです。夢を持つことは大切ですが、幻想という厄介なものから自分を解放しなければ、個性が尊重される場などほぼ皆無である社会で悩みが増すばかりです。幻想を捨てるなんて、そんなの夢も希望もないじゃないか、と思われるかもしれませんが、夢や希望を持つためにこそ幻想を捨てるべきなのです。

誤解を恐れずに言うなら、学生にとって勉強することそれ自体は、さほど重要なことではありません。 重要なのは、何者でもない自分を知り、社会に出て生きるための「動機」、大人になるための「動機」を見出すことなのです。

— 押井守 [ 東京経済大学 ] (via nsx) (via iro) (via jinakanishi, yagik)
2008-02-18 (via gkojay) (via jinon) (via hsmt)

娘がまさにギャン泣きで、全然寝てくれなかった夜。

毎日激務の旦那に、少しでもゆっくり休んでもらいたいたいのに
何で寝てくれないの!とイライラおろおろしてたら、旦那が起きて娘に

「上手く寝られなくてごめんなさいって泣いてるんだよな。」

と言って私と娘の頭を撫でてくれた。

イライラがすーっと引いて、そういう考え方の出来る旦那ってすごいと思った。

— No.2074 そういう考え方 - コピペ運動会 (via june29) (via an-k) (via gothedistance)
2008-05-05 (via gkojay) (via ngura) (via shrineroof) (via etecoo) (via mnak) (via cibolack) (via hitorinoyoru) (via tra249) (via horiesatoshi)

twitterだけでしか交流のない人を好きになるのは、まったく不思議なことではない。平安貴族だって、短歌がうまいかどうかだけでセックスしてたんだから。

— Twitter / ffi (via diphda) (via otsune) (via kommm) (via jinon) (via gkojax)
2009-07-24 (via gkojay) (via konishiroku) (via dannnao) (via elephantman75) (via pinto) (via iyoupapa) (via fukumatsu) (via ipodstyle) (via yaruo) (via hummer) (via crakka) (via kazcorp) (via hsmt) (via hondax) (via okadadada) (via catchthecatch) (via cutupradio)

日本には、「石橋を叩いて渡る」という諺がありますよね? でも韓国は「石橋なら渡るな」という発想なんです。何故か分かりますか? 石橋なら最初に渡ってもすぐ誰かが追従してくるからです。だから「崩れそうな木の橋を急いで渡れ」ということなる。

— 元サムスン電子常務・吉川良三氏「日本がものづくりで韓国に負ける理由」(GLOBIS.JP) - livedoor ニュース (via do-nothing) (via petapeta) (via yaruo) (via gkojax) (via tanakahisateru) (via hsmt)

窓際というものがあって、「窓際族」という人が生きていられたのも、二十世紀だったような気がする。いま、窓際はなくなって、そこはもう、「外」になってしまった。

— Twitter / 糸井 重里 (via d-d-d, do-nothing)

○誰が言っていたのか忘れたけれど、「心に残る幕の内弁当はない」。これはモノを作る仕事をしている人には、格好の教えだと思います。あれもこれも、と彩を添えたりすると、結局は個性のないものとなってしまい、印象が薄れてしまう。足し算の発想ではダメで、引き算をやらないと「時代を超えて愛される」ということには至らない。

— かんべえの不規則発言 (via gkojax, pdl2h)
2008-12-07 (via gkojay) (via kamma-jp) (via twominutewarning)